歯周病がうつるのではないか、うつしてしまうのではないかという疑問をお持ちの方のために分かりやすく解説をしています。
歯周病を作る菌が人から人にうつるということはご存知でしたでしょうか?大人同士でうつるのか?赤ちゃんにはうつるのか?そしてどのようにしてうつるのか?色々な疑問が湧いてくると思うのですが、一つ一つ考察して行きましょう。
この記事を書いている私は、約16年以上、一般歯科外来と訪問歯科で臨床を経験した歯科医師です。後にイギリスで歯科公衆衛生の修士号を学びに留学し、Master of Science of Dental Public Healthを取得しました。現在は、将来海外での臨床経験を積むことを目標に、ニュージーランドでOral Healthを学士号から学びなおしています。そのため、歯周病について、文献的な知識も深まってきていると実感しているので、「歯周病がうつる」というお話に関してかなり細かく解説ができるのではないかと思います。
どのようにして歯周病はうつるのか?
歯周病は唾液を介してうつります。
口腔内細菌は、唾液を介してうつりますので、同じコップでの回し飲みや、同じフォークやスプーンでの食事、キスなどの唾液交換などがあげられます9,10。主に、赤ちゃんと大人に分けて考察して行きましょう。
家族から赤ちゃんへ歯周病がうつる場合
キスなどのスキンシップ、食物の口移し、箸などの食器の共有によって感染します。
赤ちゃんが感染する主な口腔細菌としては、ストレプトコッカスミュータンス菌という虫歯菌が有名です。その虫歯菌のうつりやすい時期があるのはよく知られていると思いますが、それは生後、19ヶ月から31ヶ月までです9。
しかし培養可能な口腔細菌は生後48時間以内にはすでに検出されます9。主な感染源は、やはりスキンシップの頻度の高い母親が多いとことがわかっています1。
歯周病菌も同じく、歯周病が発症していなくても、親から子供への歯周病菌のうつることが分かっています。ある研究は、生後1年の赤ちゃんに歯周病菌が見受けられたと報告しています9,12,14。
他の研究でも、生後1ヶ月の赤ちゃんに、虫歯の原因であるグラム陽性菌が、生後数ヶ月後の赤ちゃんには歯周病の原因であるグラム陰性菌が検出されたという報告もあります1。
このように、虫歯や歯周病のうつりやすい期間の研究報告は、数カ月、もしくは数年、とややばらつきがあるようです。兎にも角にも、生後まもない時期から、虫歯菌はもちろん、歯周病菌も、唾液を介して赤ちゃんの口の中にうつるということがわかります。
成人間で歯周病がうつる場合
同棲しているカップルや、家族間で、歯周病がうつるという研究報告がされています。11,12,10
例えば、飲み物の回し飲みなどの食器の共有、キスなどの唾液を介した感染の報告があり、より濃厚な唾液の交換は、歯周病がうつる確率が高くなります9。また、カップルにおいては、重度歯周病に感染した配偶者を持った人の場合、健康な歯周組織を保った配偶者を持った人に比べて、歯周病菌をたくさん所有し、歯周組織破壊率が高いという報告もあります11,14。
歯ブラシを介して歯周病がうつる場合もあり、同じ歯ブラシをシェアすることはごく稀ではあっても、洗面所に家族同士で同じ歯ブラシスタンドを使ったり、歯ブラシの置き場所が同じだったりなどが原因と考えられているからです。
湿気のこもりやすい風呂場や洗面所の保管、密封された容器の中での保管,歯ブラシのキャップをつけたままの保管は、菌が繁殖しやすく、また他の歯ブラシが近くにあれば菌がうつります2,3,8,9,12。
歯周病がうつるのを防ぐ方法とは?
歯周病菌がうつったったからといって歯周病が必ずしも発症、進行するわけではないですし、スキンシップを避けることは不可能です。
歯周病の菌がうつったからといって、歯周病が発症するとは限りません。なぜなら、罹患しやすいかどうかは個人で異なるからです。
その人の免疫反応の状態や、年齢、口腔衛生状況、喫煙の有無、その他の要因が重なって歯周病は発症、進行すると考えられています11,14。そして、赤ちゃんやパートナーとのスキンシップを避けるということは、まず不可能です。むしろ、歯周病を発病させない、進行させないように日々口腔ケアを徹底することの方が賢明と言えるでしょう。
歯周病感染予防のために日常で気をつけることをまとめてみました。
赤ちゃんに歯周病がうつるのを防ぐ方法
出産後から赤ちゃんの口腔細菌の接触を避けるように心がける
可愛い赤ちゃんには、思わずお母さんはもちろん、誰しもキスしたくなりますが、なるべく唾液を介さないように気をつけることが重要です。また、食べ物を噛み砕いて赤ちゃんに与えるのも、避けるようにしましょう。
口腔細菌がうつりやすい時期に、赤ちゃんが口腔内細菌を受け取らなかった場合、赤ちゃんの成長後、虫歯菌の検出率が低いという報告があります。
例えば、生後から19歳になるまでの子供の口の中の細菌を長期的に追跡研究した報告が一つあります。結果は、生後早いうちにミュータンス菌のコロニー形成がされない場合、19歳になった時に、口の中のミュータンス菌の検出が陰性になる可能性が高いとのことです。その研究は、赤ちゃんが生まれたその日から、虫歯にならないような環境づくりが肝心だと結論づけています1。
先に述べたように、もし48時間以内に口腔細菌の定着を避けることが仮に重要となると、その時間帯は大抵、赤ちゃんとお母さんは病院にいることになるでしょうから、病院の中では、虫歯菌、歯周病菌をうつさないように状況をコントロールすることがしやすいでしょう1。
食器を共有しない
赤ちゃんにご飯をあげているときに起きやすいのが、うっかりスプーンなどの食器を共有してしまい、歯周病をうつしてしまうことです。なるべく食器の共有を避けることが良いでしょう。これも唾液を交換してしまう要因になります。
食器を殺菌までする必要はないですが、清潔に保つことで歯周病やむし歯の原因菌がうつるリスクを最小限に抑えることができます。
赤ちゃんの口腔ケアを早いうちから始める
虫歯菌や歯周病菌がうつるのを防ぐ工夫をすることは大事ですが、口の中を無菌状態にするということがまず不可能です。
そして、口腔内は何百もの種類の細菌が上手にバランスをとって共存している場所です。そのバランスが崩れると、様々な疾患が発症します。歯周病菌が存在していても、歯周病を発症させないことがより重要です。一番大切なのは、やはり日々の口腔ケアをきちんとすることです。赤ちゃんでも早いうちから口腔ケアを開始することをお勧めします。
赤ちゃんの口腔ケア方法に関しては、過去の記事をご参照ください。
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家族も口腔ケアを徹底して行う
ある研究では、赤ちゃんが生まれる前から生まれた後まで、母親と家族全員の良好な口腔衛生状態を保つことが、赤ちゃんの口の中に細菌を増やさない、うつさないことにつながると述べています1。それと、母乳をあげる際には、赤ちゃんが口をつける肌の表面をあらかじめ綺麗にしてからあげると良いということです3。この研究は虫歯菌のみについての結論ですが、歯周病菌についても、同じことが言えるでしょう。
キシリトールガムも口腔ケアに積極的に取り入れても良いでしょう。これもまた歯周病菌ではなくミュータンス菌についての研究ですが、妊娠6ヶ月のお母さんがキシリトールガムを噛むのを開始し、赤ちゃんが生後24ヶ月まで続けてもらった場合、ミュータンス菌のコロニー形成の検出がされにくいという報告がなされています17。
妊娠中のオーラスケアについては、過去に掲載されているものをご参照ください
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成人同士で歯周病がうつるのを防ぐ方法
歯ブラシの正しい取り扱い方
お互いの歯ブラシを近くに置かず、湿気のこもらないところに保管することが大事です。
新しい歯ブラシを使い始めてすぐに歯ブラシは感染し始め、歯ブラシが細菌の宝庫となりえます。毎回新しい歯ブラシを使うことや、毎月歯ブラシを交換することで虫歯菌や歯周病菌がうつるのを防げる、という研究報告はありますが6,12、ほとんどの家庭で、これは現実的ではありません。
しかし、毎回、毎月とはいかなくても、頻繁に歯ブラシを変えることで、虫歯菌と歯周病菌がうつるのを最低限に留められることになるでしょう6,8。アメリカのCenters for Disease Control and Prevention(CDC)とAmerican Dental Association (ADA)では、約3〜4ヶ月での歯ブラシの交換を推奨していますが13,15、これは、歯ブラシの毛先の寿命を考慮して推奨しているものであって、細菌繁殖を防ぐための目安ではありません15。
歯ブラシを消毒して歯周病が予防できるか?
クロルヘキシジン 0.12%〜0.2%の液に浸すと虫歯菌の数の減少に効果があるという研究報告もなされています。
浸す時間は研究によって違い、15分間や、一晩、などとばらつきがあります2,4,5,8。クロルヘキシジン は、過去の記事で解説した通り、デンタルリンスに含まれており、虫歯の原因になるグラム陽性菌と、歯周病の原因になるグラム陰性菌の両方に効果があります。
しかし、歯ブラシを消毒液に浸すとむしろ細菌感染が広がる可能性が高いことが研究から分かりました15。
また、クロルヘキシジンは劇薬扱いとなっていて、例えば私がいるニュージーランドでは、クロルヘキシジン 0.2%含有のSavacolというデンタルリンスが歯科医院でのみ処方可能になっています。Savacolは非常に効果があるものの、口の中が焼けるようにヒリヒリする感覚があり使用には注意が必要です。
日本で販売されているクロルヘキシジン入りのデンタルリンスは、濃度が国の定める安全範囲内に抑えられているので安心して使うことができます。0.2%クロルヘキシジンの効果と危険性についても過去の記事をご参考になさってください。
繰り返しますが、クロルヘキシジン自体は 口腔ケアに効果のある成分です。日本では、0.05%クロルヘキシジン含有のデンタルリンスが入手可能です。その取り扱い方、商品についてもこちらの記事がわかりやすくまとめてあります。
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他の歯ブラシ殺菌方法の情報として、紫外線、食洗機、電子レンジなどが殺菌の効果があるとかお酢でで歯ブラシを消毒すると細菌数が減ったなど4,7,8という報告もありますが、歯ブラシの毛先がダメになるのでおすすめしません。潔く新品を買うようにしましょう!
おすすめの歯ブラシやオーラルケア用品についてはこちらの記事が良くまとまっています。
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ある人は、「ならば、ポリデントなどの入れ歯洗浄剤に歯ブラシを浸すのはどうか」と思いつく方もいるかと思います。主な入れ歯洗浄剤の成分として過ホウ酸ナトリウムがあげられますが、この成分が口内炎を防ぐ効果があるという研究結果があっても、この成分で歯ブラシの殺菌効果の研究はなされていないようです7。
以上、色々な歯ブラシの消毒方法について研究はなされていますが、研究結果の統一性に欠けています。歯周病菌が消えるのか、全ての菌が殺菌できるのか、またどの菌が殺菌できるか、そして確実に殺菌できるのか、などの情報を明確にすることができません。
結論としては、CDCとADAが推奨するように、水でよくすすいだ後、歯ブラシの毛先を上にして立てておき、他の歯ブラシに接触させず、通気の良いところに保管することをおすすめします15,16。
歯周病がうつるのを防ぐオーラルケア
カップル同士、家族同士で細菌が感染しないように、お互いに口腔ケアを徹底することが重要です14。家族同士が歯周病に対して高い意識を持ち、歯周病予防のために、歯科医院を受診するなどの普段の心がけが重要です。
「たかが歯磨き、されど歯磨き」で、歯磨きは歯周病予防の基礎となるものです。案外ときちんとした歯磨きの仕方をご存知でいらっしゃらない方もいるかと思います。また、ご自身でどのくらい汚れが取れているのかがわかりづらいことがあります。そういう意味でも、歯科医院に行き、歯ブラシの指導を受けることは非常に重要です。す。
歯周病がうつるか? まとめ
歯周病は赤ちゃんにも、大人にも、唾液を介してうつってしまうということがわかりました。
赤ちゃんは生後早いうちから、あまり唾液を介さないような努力を、お母さんと周りの大人が心がけることが大切です。また大人も、唾液が介されるような接触をなるべく防ぐようにしましょう。
しかし大人も子供も、スキンシップは大事なものです。歯周病菌がうつったかどうかもその場で目に見えるわけではなく、うつったからといって歯周病が発症するわけではありません。口の中に住んでいる細菌のバランスが崩れて歯周病が発症しないように、普段からの正しい口腔ケアを徹底して予防をしていきましょう!
参考文献
1: Acquired Oral Microflora of Newborns During the First 48 Hours of Life
2: Bacterial Contamination and Decontamination of Toothbrushes after Use
3: Bacterial Contamination of the Toothbrushes
4: Efficacy of Microwaves and Chlorhexidine on the Disinfection of Pacifiers and Toothbrushes: An In Vitro Study
5: Efficacy of two mouth rinse sprays in inhibiting Streptococcus mutans growth on toothbrush bristles
6: Effect of a single-use toothbrush on plaque microflora
7: Evaluation of alternative methods for the disinfection of toothbrushes
8: Is It Necessary To Sanitize Your Toothbrush?
9: ‘Oral Bacteria Transmissible by Saliva and Kissing’ In Saliva Protection and Transmissible Diseases
10: Prevalence of periodontitis and suspected periodontal pathogens in families of adult periodontitis patients
11: The oral microflora and human periodontal disease’ In Medical Importance of the Normal Microflora
12: Toothbrush Contamination in Family Members
13: Toothbrushes (https://www.ada.org/en/member-center/oral-health-topics/toothbrushes)
14:Transmission of periodontal bacteria and models of infection (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16128826)
15: Use & Handling of Toothbrushes (https://www.cdc.gov/oralhealth/infectioncontrol/faqs/toothbrush-handling.html)
16: What’s the Best Way to Store My Toothbrush After Brushing? (https://www.mouthhealthy.org/en/ask-an-ada-dentist/store-toothbrush)
17: Xylitol Gum and Maternal transmission of Mutans streptococci (https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19948944)